アメリカの大学生が学ぶ本物の教養を読んで思ったこと
みなさんこんにちは!ざまざまです。
今回は斉藤淳さんの書かれた「アメリカの大学生が学ぶ本物の教養」を読んで思ったことを紹介していきたいと思います。
以下にAmazonのリンクを貼っておきます。
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著者は上智大学を卒業後、カリフォルニア大学ロサンゼルス校の大学院を経て、イエール大学の博士号を取得しました。
著書には日本の教育とアメリカの教育の違いについて書かれています。
私はこの本で著者の経験を知ることで、日本の教育は良い面もあるがアメリカの教育から学ぶべきことがたくさんあると思いました。
アメリカで学生がどういう教育を学んでいるか知ることで、私のような社会人が仕事やプライベートでどう活かすか考えるきっかけにもなります。
今回このブログは以下の悩みを抱えている方に読んでほしいと思います。
・周りに流されることが多く自分の考えに自信がもてない人
・自分で情報を取捨選択して行動に移すことが苦手な人
悩みの解決策として主に以下のことが挙げられます。
・事象を覚えるだけでなくその事象がなぜ起こったか、その根拠を考えてみること
・自分の意見を持つ場合は根拠を明確にしその反対派はどのような意見を持つか明確にすること
・読書をする場合一つの分野に対して5冊以上は読み、その中で共通項と差異があるものを見出すこと
上記に悩みの解決策を書きましたが、これらのことは長期的に続けていく必要があります。
なぜなら、正解というものは常に揺らいでいるからです。
世の中はAIなどの発達により凄まじいスピードで変化しています。
そのため今日正解だったことが1ヶ月後には誤りになる可能性があります。
また自分が色々経験や知識をつけることにより、意見や考え方も変わる場合があります。
それは当然のことで恥ずかしいことでもなんでもありません。
私は社会人として製造業で7年ほど働いています。
今現在変化の激しい時代だからこそ、この本を読んで自分の将来をどう過ごすか考えるきっかけになりました。
この本を読んでいくことにより以下のようなメリットがあると考えます。
・考えることが具体的に何を意味するか理解でき、普段の生活で自分の思考を鍛えることができる
・得た情報に対してどのように考えどう行動するかという過程において、自信を持つことができる
次の章から著者がアメリカの大学で経験したことも踏まえて、どのように行動すればこの変化の激しい時代で生き抜けるか説明していきたいと思います。
Contents
深く学ぶとは?
そもそも「教養を身につける」とか「深く考える」とはどういったことなのか、この本を読むまで私は全く分かりませんでした。
また、この本を読んだ後実際に実践していかないと理解したことには当たりません。
深く学ぶことは事実を覚えることではなく事実に対して「なぜ?」を考えることが大事だと思いました。
以下に細かく書いていきたいと思います。
事象だけではなく、なぜそれが起こったのか考えてみよう!
著者は大学生の頃履修した歴史の授業では、ある出来事について「いつ、何が、どのようにして起こったのか」学びました。
言い換えれば「史実の確認」に非常に重きが置かれています。
アメリカの授業の場合は良くも悪くももっと大雑把です。
例えば、「1914年に第一次世界大戦が勃発した」という点から、「自分はどのように考えるのか」「今それについて考えることが社会や自分にどのような意義があるのか」と各自が考え議論するのが授業の大半です。
最も重きが置かれていることはその「史実」ではありません。
一つの「史実」を出発点として思考すること、議論することが大事なのです。
水の選び方を例に例えてみると日本の教育は「美味しいミネラルウォーターの選び方」を教えて、アメリカの教育は「井戸の掘り方」を教えるといえます。
効率の観点からいったら後者の方が劣るかもしれません。
しかし後者を学んだ人は前者よりも、「井戸を掘り、水を確保する大変さ」を知っています。
そうすることで、今この時代にたやすく水を飲めることに感謝できます。
そうすることでどこかの誰かが流布している「安易な正解」に惑わされず批判的に捉えて、自分なりに考えてみる知的体力が身に付きます。
自分も最近はChatGPTなどのAIに分からないことはすぐ聞く癖があります。
もちろんそれを利用することは問題ないと思います。
利用する際には、自分でなぜその現象が起こったのか考えた上で質問してみたり、返答に対して鵜呑みにするのではなく疑ってみることが大事でしょう。
次に学ぶ機会は日常に溢れていることについて説明していきたいと思います。
学ぶ機会は日常に溢れている!
筆者は大学の頃コンビニの夜勤でアルバイトをしていました。
コンビニにはあらゆるタイプの人が訪れます。
著者は人々の購買行動を眺めて「なぜ、人はこれを買うのか」など仮説を立ててレジ打ちをしていました。
また年末に年越し蕎麦を大量に仕入れて、ほとんど売れずに店長にこっぴどく叱られました。
著者が働いていたコンビニは六本木にあるので、その辺りに住むお金持ちは高級そばを食べるのです。
コンビニでのアルバイトの経験で、都市経済の一面を垣間見ることができました。
また最近ではコンビニ行くと、おにぎりのパッケージの裏側を見てどこの工場から仕入れているか確認するそうです。
地方の山形県酒田市のコンビニだと仙台の工場、首都圏のコンビニは埼玉の朝霞の工場から運ばれることが多くあります。
ここからも地域の物流インフラストラクチャーの整備がどのように進んできたのか、経済活動の重心がどこにあるのか窺い知ることができます。
私も平日は毎日電車に乗って会社に通っていますが、身の回りのちょっとした気になることについて調べていきたいと思いました。
例えば私は長野県の私鉄電車に乗って通勤しています。
それは昔首都圏で使用していた電車を買い取ったのですが、電車の中を見てみると気になることがいろいろあります。
例えば気になることを挙げると以下の通りです。
・電車の壁に宣伝が貼ってあるが、高齢者施設の件や病院関連が多いのはなぜか
・昔の電車なのでドアの扉の部分が床に対して垂直になっているが、東京の電車だと床に対してやや斜めに湾曲しているものがあるのはなぜか?
・私鉄は雪の影響で止まることがJRに比べて少ないのはなぜか?
今適当に3つぐらい自分が普段通勤で利用している電車について気になったことを書いてみました。
もちろんこの質問をChatGPTに投げかけて回答をもらうのもいいですが、まずは自分の頭で間違ってもいいので考えてみましょう。
他にも身の回りを見ていると、気になることがたくさんあると思います。
普段街中を歩く時も周りを見渡して疑問を持つようにしていきましょう。
次に正解を出すことの難しさに立ち向かうことの大切さについて説明していきたいと思います。
正解を出すことの難しさに立ち向かっていこう!
この多様な社会では、できる限り誰にとっても平等に快適に成り立たせていくことがいかに難しいか考えさせられます。
例えば、社会のあり方が気に入らないがために、自分達と思想を同一にしない他者を暴力的に排除し社会を転覆することを目論むのは、「教養のある人の態度」とはいえないでしょう。
しかし、対照的に誰のことも一切排除せず全ての人たちに寛容であろうとする態度はどうでしょうか。
例えば性的マイノリティの人を「異常者」として差別するのは不当であると思います。
どうすれば、社会的に受容していけるのかを考えるかが出発点となります。
しかし厄介なのは多様性を尊重しすぎると、何も決められないか、またはマジョリティが不利益を被るようになってしまいます。
例えばトランス女性(男として生まれたが性自認としては女性という人)のことは極力「女性」として扱うのが正当であるとしましょう。
そういった方が公衆浴場の女湯に入ることを受容できるでしょうか?
男女を分けることで担保されてきた安心感が脅かされると感じても不思議ではありません。
ここでの目的は答えを出すことではありません。
簡単に答えを出せる問題ではありませんし、実は世の中問題だらけだと共有するためにこのような例を挙げました。
考えることを放棄せず、絶えず新しい知識や情報を学び他者と議論して、どの選択肢を取るべきなのか考え続けることが大事です。
このように正解を出す難しさに立ち向かうことが、「教養のある人の態度」でありその地力体力を養うものこそが教養教育であると著者は考えています。
私は現在30歳なのでおそらく後50年ほどは生きると思います。
この世の中はVUCAになっていて絶えず変化し続ける世の中になっています。
仕事でもプライベートでも簡単には解決できないような問題に幾度となく直面していくと思います。
そんな中でも考え続け自分で選んだ道を正解にできるように日々物事に挑戦していきたいと追います。
次の章では自分の意見を持つことの大切さについて説明していきたいと思います。
自分の意見を作ることの大切さ
そもそもなぜ日本人は意見を持つことが苦手なのでしょうか。
それはシンプルに個人個人が意見を持ち始めると管理しづらくなるからでしょう。
つまり一番は教育の問題です。
生徒は教師側の都合により、意見を持ったり表明したりする訓練を受ける機会に乏しいのです。
逆にアメリカの小学校をみると「Everybody is different(人は皆違う)」という教育が根付いています。
だからこそ何が自分の個性なのかを表現する教育を受けて、ことあるごとに「あなたはどう思うのか」と問うのがアメリカの教育です。
では日本人が、自由に意見を持つ勇気、堂々と表現する勇気を出すにはどうすればいいでしょうか。
以下に私が読んで大事だと思ったことをピックアップしていきたいと思います。
自分の意見を持つ時その理由と反対派の理由も考えてみること
自分の意見を作るトレーニングとしておすすめしたいことがあります。
それは1つは自分が正しいと考えることと、その正反対の意見の両方に理由づけをしてみることです。
例えば「選択的夫婦別姓の導入の是非」「原発再稼働」などの社会的課題について考える時「賛成派の理由はなんだろう」「反対派の理由はなんだろう」と考えてみることです。
3つほどそれぞれ理由を挙げてみましょう。
このポジションテイクは「なんとなく」ではいけません。
感覚が思考の出発点になることもありますので、自分の感覚を無視しろということではありません。
ただ意見とは知識や情報に裏付けられた思考に基づくものなので「なんとなくこれが正しい気がする」といった感覚的なポジションテイクは意見とは言えません。
両方の主張を自分の中で戦わせる「脳内ディベート」をすることが大事なのです。
ここで挙げた理由づけが後から再考する際の検討材料になります。
いったん意見を持った時点で「自分なりの正解は出せた、以上」と思考停止するのではなく、引き続き考えていくことが大事なのです。
次に自分の意見は変わるものであるという点について説明したいと思います。
自分の意見は変わるというものである
どのような意見にも知識や情報という前提条件があって然るべきです。
そのため冒頭でもお伝えしたとおり、新たな知識を得たり情報を更新したりするのが人間であるため、意見はいつ何時でも変わりうるものなのです。
意見を変えるのは不誠実であるとか、恥ずかしいことであると思われがちですが、実は逆です。
外的環境が変わったことにより大切にするべき価値観すらも変わるかもしれません。
例えば再生エネルギー推進派だった人が、大規模な山林伐採が行われる状況を目の当たりにして、メガソーラーに異を唱えるのは、妥当な意見の変化と言えます。
私自身も過去を振り返ってみると、電子書籍は目に悪いイメージがありコロナウィルスが流行するまでは使用していませんでした。
しかし、途中コロナの影響で書店に足を運ぶのですら大変な状況になりました。
また、最近のスマホはブルーライトカットなどで目に負担が軽減しています。
そのため最近私は電子書籍での読書が中心となりました。
また、私は社会人になりたての頃は忙しいことがかっこいいイメージがあり、ショートスリーパーに憧れを抱いていました。
しかし、睡眠学者の証言によると人間は基本的に睡眠時間は遺伝や体質によって決まっていると発言していました。
今後の人生を考えた時に長時間働くのではなく、周りの力を借りてできるだけ短時間で仕事を済ませて帰宅するように心がけています。
そして7時間ほど睡眠の時間を確保した上で残った時間で自分のやるべきことややりたいことに打ち込むようにしていきたいと思います。
次によくある問いに対して逆側から考えてみることの大切さについて説明したいと思います。
よくある問いの逆側から考えてみることが大切
特に世間で取り沙汰されている問いを、逆側から問うてみると一般的に見過ごされがちな視点から物事の本質を見抜ける場合が多いのです。
例えば、「投票に行くのが当然なのに、なぜ行かないのか」と盛んに問われています。
しかし現実には、「投票に行くのが当然」という前提部分が反映されていないわけです。
その部分の仕組みを紐解いていく必要があると思います。
それでは逆側から問うてみるとどうなるでしょうか。
最初の質問の反対は「なぜ人々は投票に行くのか?」となります。
人々が投票行動をとるそもそもの動機はなんでしょうか。
以下に3つ例を挙げたいと思います。
・自分の1票が選挙結果を変えうるということを体験したいから
・選挙キャンペーンが楽しいから
・家族や友人に「投票に行こう」と誘われるから
アンケート調査なので上記のような仮説が立証された場合、さらにひっくり返して元の問いに戻してみましょう。
「なぜ投票に行かないのか?」と言えば上記の動機が欠如しているからでしょう。
ならば問題を解決するには「自分の1票が結果を変えうるということを体験したい」という動機、「選挙キャンペーンが楽しい」という動機、「家族や友人に『投票に行こう』と誘われる」という動機をいかに多くつるくるかが大事です。
そこから、現実かつ具体的な方策を話し合って決めていくことが大事なのです。
今自分の場合を考えていました。
自分の場合は睡眠を優先するべきだと思いつつもスマホをいじってしまい夜更かしをしてしまいます。
自分は正直睡眠を最優先に生活しなければいけないと思っていますが、ついスマホなどをいじってしまう癖があります。
睡眠は大事だと考えていますし、適正な睡眠時間は確保したいと思っています。
一般的にはなぜ長時間睡眠を取ることが大事なのかという点について考えなければいけないと思います。
今回の場合その逆の方法を考えてみましょう。
自分の場合は睡眠の量を確保することが大事と知っているのになぜ夜更かしをしてしまうのかという点について考えていきたいと思います。
・本来眠りにつきたいと思う時間帯には脳が活発に動いてしまっているから
・睡眠時間が近づくにつれてやるべきことが頭に思い浮かんでしまうから
・睡眠前には入浴、塗り薬飲み薬の処方、明日の準備等やることがいっぱいあるからそれをするだけでも億劫になること
・夜ふかししている間は短時間睡眠でも翌日なんとか活動できるのではという慢心があるから
今ざっと上げただけでも4つほどありました。
この4つを解決できる方法を考えていけばいいのです。
例えば最初に上げた本来眠りにつきたいと思う時間に脳が活発的に動いてしまうという点を解決するにはどうすればいいか考えていきたいと思います。
まず脳をリラックスさせるために、夕方以降は部屋を暗くして電球色の光を浴びるようにしなければと思います。
また、睡眠時間が近づくにつれてやるべきことが頭に思い浮かんでしまう場合は、21:30までに勉強などは切り上げて、10分ほど頭に思い浮かんだやるべきことを箇条書きします。
その書いたことのうち優先順位をつけて、上から確認して今日どうしてもやらないといけないことはやる、やらなくてもいいことはやらないというようにします。
このように、睡眠は十分にとることが大事だとわかっていても夜ふかししてしまう場合もあります。
そういう時は睡眠の大切さについて考えるのも大事です。
それと同時になぜ十分な睡眠をとる必要があると頭では理解しても、夜ふかししてしまうか考えてみるという逆転の発想も大事だと思いました。
そこから十分な睡眠とることの問題解決につながります。
次の章では本を読むことの大切さについて説明していきたいと思います。
本を読んでみよう!
もちろん今はSNSなども発達しているため情報を得るためだけであれば、読書の代わりはいくらでもあるでしょう。
しかし、YouTubeなど動画で有名なユーチューバーの方が情報発信しているものを見るより読書の方が考える力が身につくと思います。
私の経験ですが、本の場合読んでいる途中に立ち止まり自分の考えと照らし合わせる機会が多いですが、動画の場合受動的になり一方的に消費している機会が多くあります。
この著書で本を読む上で大事だと思ったことを3つ記載したいと思います。
一つの分野の本を5から10冊ほど読んでみよう!
ある一つの分野の本を最低5冊できれば10冊ほど読んでみましょう。
ある程度読めば、「これは前の本でも同じことを言っていたな!」とか、「これは前読んだ本とは真逆のことを言っているぞ」と思うこともあるでしょう。
私はなるべく5冊以上読むようにして、その中で共通に書いてあることは大事なことだと考えるようにしています。
また10冊以上読んでいくと悪書にも出会うことはあるでしょう。
しかし、悪書に出会うことは決して無駄ではありません。
悪書に出会うことで良書の良さを改めて実感することになります。
次に自分が考える良書の基準について説明していきたいと思います。
権威性について確認しておくこと
本を読む際は著者の略歴を見るようにしています。
学歴や職歴などを見て、どんな研究成果を出したのか実績などを見るようにしています。
また、後書きを見て指導教授や影響を受けた人物に対する謝辞が入っている場合があります。
そこからもどのような学問的トレーニングを積んできたのかを窺い知ることができます。
中には、一般読者向けのセールスアピールがうまくいったというだけで、本業の研究には真剣に取り組んでいない著者もいます。
そう言った本の内容は、誤った情報の可能性が高いでしょう。
しかし、論文を出して研究発表をしっかりやっている専門家の見解が必ずしも正しいわけではありません。
なぜならAIの発達により世の中は変化の激しい時代になっているため「正しさ」というものは常に揺らいでいるからです。
「正しさ」は常に揺らいでいるという認識を持ちその中で良書を選ぶスキルを身につけ、信頼できる学者を見つけることが教養を身につけるプロセスなのです。
最後に英語を学ぶとアクセスできる知識が一気に広がるという点について話したいと思います。
英語を学ぶとアクセスできる知識が一気に広がる
英語が分かるようになるとアクセスできる知識の幅が一気に広がります。
アメリカやイギリスの出版業界には商業出版社と大学の出版社の明確な棲み分けがあります。
大学の出版社でも収益性は考慮されますが、それよりもこの著作物を出すことで後世の社会にどのようなインパクトを与えるかが重要となっています。
価値のある本がセールス的に売れるとは限りません。
社会的意義の高い良書を送り出すためには利益以上に社会的な使命感、責任感を全うするという出版社の意思が欠かせないのです。
また英語は世界共通語として使われているだけでなく、学術的知見を発表するために最も広範に用いられる言語なのです。
もちろん日本語に翻訳されたものもありますが、英語で書かれた良質の刊行物からするとわずかです。
私はこの著書を読むまで、最近は翻訳機能なども発達しているので英語の勉強する必要性が減ってきているのではと思いました。
しかしテクノロジーが発達するからこそ、人間にしかできないことにより価値が見出せると思いました。
そのため自分で情報を収集して、自分の考えを発信していく過程において英語力を身につけることはとても大事だと思いました。
まとめ
現在私は30歳で大病しない限り後半世紀ほどは生きると思います。
自分の学生時代から20代を振り返ると周りの意見に流されていたと思います。
ここ数年では情報の民主化が進んで、人々が得る情報量に差はほとんどありません。
そのため今後は自分でどの情報が正しいか考えて、次の一手を決めなければなりません。
正解は常に変わっているので、今正しいと思ったこともすぐに間違いになる可能性も十分に考えられます。
今回著書を読んで特に大事だと思ったことは、この人の言っていることだから信用して大丈夫と疑わないことです。
その人の発言の根拠は何か?、権威性はあるのか?、その発言に対して反対意見の理由は何かなど複数のソースをあたって調べてみる必要があります。
その上で自分はなぜその選択をしたか説明できるようにすることが大切です。
もちろん100%正解ということはありませんが、そうすることで自分の選択に自信を持つことができるようになります。
また、中にはこれさえすれば大丈夫と考える人もいるかもしれません。
いい大学さえ入れれば、年収の高い大企業さえ入れれば、結婚さえすれば将来安泰ってことはありません。
繰り返しになりますが、世の中は凄まじいスピードで変化しているので常にこれが正解ということはまずありません。
常に自分であらゆる情報に対して常にどう思うのか考えながら、自分なりの信念を持って死ぬまで行動し続けていきたいと思います。
今回もブログを読んでくださりありがとうございました。
以上ざまざまでした!
